ただ“人を運ぶ”仕事──それが、タクシーだと思っていた。
けれど実際は、まったく違った。
この仕事は、毎日が**“人生の一部”に触れる体験の連続**だった。

タクシーは、目的地まで人を乗せるだけの手段ではない。
ときにそれは、誰かの「決意」の場所へ、
あるいは「別れ」の瞬間へ、
そして「希望」や「再出発」へ向かう移動だったりする。

運転席に座る私たちは、
ほんのわずかな時間だけ、その人の人生に同乗する存在なのだ。

ある朝、タクシーに乗ってきた年配の男性がいた。
乗車してしばらく沈黙が続いたあと、「今日は退職の日なんだよ」とぽつり。
会社までの20分、その人は静かに、人生を振り返っていた。

別の日には、スーツ姿の若者が「これから初めての面接なんです」と話してくれた。
緊張の面持ちに、つい「うまくいくといいですね」と声をかけたら、
目的地で深くお辞儀をしてくれたのが、今でも忘れられない。

タクシーには、日常と非日常が交錯する時間がある。
私たちはそこで、ほんの数十分だけ、誰かの人生の節目に立ち会う。

もちろん、すべてのお客さまが言葉を交わしてくれるわけではない。
沈黙のまま乗ってくる人も多い。
けれど、不思議なことに、“言葉のない会話”が交わされる瞬間がある。

泣いているお客さまがいた。
声をかけるべきか迷ったけれど、そっと静かな音楽を流した。
降車のとき、「助かりました」とだけ言われた一言が、胸に残った。

この仕事は、単に話を聞くだけでも、話しかけるだけでもない。
空間を共有しながら、そっと寄り添うことができる。

言葉ではなく、“気配”で伝わるやさしさが、ここにはある。

ときには、タクシーが“きっかけ”になることもある。
たとえば転職活動中の人が、車内で不安を口にしたとき、
「うちの会社にも未経験で始めた人が多いですよ」と話したことがある。

その方は後日、同じ会社に応募してくれた。
「運転手さんに背中を押してもらいました」と伝えてくれたときは、
この仕事の新しい意味を知った気がした。

タクシーという空間は、ただの移動手段ではない。
ときにその人の“次の一歩”に関わる場所になり得る。

そして、そんな関わりができるのは、目の前の一人と、誠実に向き合ったからこそ。

タクシーという仕事は、単なる移動業務ではありません。


✅ 乗客との会話が、思わぬ“物語”を運んでくる

✅ 言葉がなくても、空間を共有することで生まれる信頼

✅ 一言のやり取りが、誰かの心に残ることもある


毎日、新しい誰かが乗ってくる。
年齢も立場も事情も、みんな違う。
でも、誰もが人生のどこかを生きていて、
その一場面に、偶然タクシーが関わる。

「運転席にいるからこそ見える景色」がある。
それを知ったとき、この仕事の重みとやりがいが、きっと変わって見えるはず。

「人を運ぶ」仕事ではなく、
「人の人生を少しだけ預かる」──それが、タクシードライバーの本質かもしれません。



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